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- ポスト資本主義を探る #3 お金で測れないものは、負けるのか?
前回、地方は「出口」になれるかもしれない、と書きました。はしごを外されても生きていける受け皿として、地方には役割があるのではないか、という話です。
ただ、書き終えてから、ひとつの問いが残っていることに気づきました。
仮にその日が来るとして、それまでの間、地方で生きる人間は割を食い続けるのか?
出口だ、受け皿だと言われても、それはいつ来るかわからない未来の話です。その日まで、低い給料と下がっていく地価を受け入れて待つのだとしたら、ずいぶん都合のいい話に聞こえます。今回は、この問いを考えます。
お金で測るなら、地方は割を食っています。
第1回に書いた通りです。都市部との給与水準の差は構造としてあり、土地や家の資産価値は、東京では上がりやすく、地方では下がっていく。同じように働いて、同じように家を買っても、「どこにいたか」で得られるものが違う。これは事実で、お金の上での差を見ないまま、「地方には本当の豊かさがある」とだけ言っても、十分な説明にはなりません。
なので、この事実は事実として置きます。そのうえで、今回考えたいのは、もう一段手前のことです。
地方の暮らしに、お金以外の良さがあることは、たぶん誰でも知っています。通勤時間の短さ、家の広さ、自然との近さ、実家の近さ、人とのつながり。地方で生きるか東京へ出るかは、しばしば、給料とこれらのトレードオフとして語られます。
それでも、お金のものさしは強い。
進路や移住を考えるとき、人はさまざまな価値を比べます。しかし、それを他人に説明したり、制度の中で判断してもらったりするとき、最も通用しやすいのは年収の数字です。なぜか。お金は、ひとつの単位で比較できるからです。450万円と600万円は比べられる。求人票に載るし、ローンの審査にも使われるし、親にも説明しやすい。
一方で、通勤時間が短いことや、実家が近いことや、子どもを外で遊ばせやすいことは、毎日の暮らしをかなり変えます。片道45分早く帰れるなら、夕飯を家族と食べられるかもしれない。子どもが熱を出した日に実家を頼れるなら、仕事を休まずに済むかもしれない。地域に知り合いがいれば、困ったときに相談できるかもしれない。
でも、それらは求人票には載りません。ローン審査にも入らない。資産価値としても評価されにくい。暮らしにとっては大きな価値なのに、世の中の勘定では、ほとんど存在しないもののように扱われてしまう。
お金のものさしに乗るものは、意思決定の場で強い力を持ちやすい。お金で測れないものは、「それも大事だけどね」と言われながら、最後は脇に置かれやすい。
資産の話も、実は同じ構造です。東京のマンションの価値は、価格として可視化され、取引されるから、その変化が資産の増減としてはっきり表れます。一方、地方の暮らしが持っている価値は、価格になりにくい。だから市場から見れば、存在しないもののように扱われてしまう。
地方が割を食いやすい理由は、給料の額面の差だけではなくて、ここにもあるのではないかと思うのです。地方が持っている価値の多くが、お金で測れないというだけで、世の中の勘定から外されている。
実は可茂IT塾は、この「お金で測れないもの」を大切にしながら作ってきた場でもあります。
社員を雇わず、誰の時間も管理せず、それぞれが個人事業主として、やりたい仕事を、やりたいペースでやる。時間の自由や、熱中できること、対等な関係といった、お金に換算しにくいものを大切にする組織です。
この形で6年続けてきて、そこには確かな価値があると感じています。
もちろん、売上や利益は大事です。お金が回らなければ、場は続きません。ただ、それだけでは、この場の価値をすべて説明できません。
メンバーが自分のペースで働けていること。誰かが困ったときに、別の誰かが自然に助けていること。上下関係ではなく、対等な関係で仕事をしていること。
これらに値段はつきません。でも、私がこの場を今の形で続けたいと思う理由にはなっています。
だとすれば、問題は価値がないことではなく、その価値を、お金に換算しないまま共有するのが難しいことなのかもしれません。
では、どうすればいいのか。
「お金で測れないものに、値段をつければいい」というのは、たぶん答えではありません。暮らしの良さも、人のつながりも、時間の余白も、全部に価格をつけて取引する。それは世の中の勘定に入れてもらうことと引き換えに、すべてを売り物にすることです。それこそ、資本主義のルールの内側に全部を差し出すことになる。
考えたいのは、その逆です。お金で測れないものを、お金にしないまま、ちゃんと存在として扱える仕組みや関係は作れないか。値段をつけなくても、「それは確かにある」と共有できる方法はないか。
それが何なのか、まだはっきりとはわかりません。ただ、ヒントは案外足元にある気もしています。たとえば可茂IT塾のSlackでは、誰かが質問を投げると、誰かが答えます。大したことではありませんが、そこに対価の計算はありません。誰が何分使ったかを記録して、あとで請求するわけでもない。
でも、何も残っていないわけではありません。誰がよく助けてくれる人なのか、誰がどんな知識を持っているのか、そういうことは、なんとなく場の中に残っていく。
お金にはなっていない。でも、消えてもいない。
お金で測れないものは、今の社会では負けやすい。これは認めるしかありません。でも、必ず負けると決まっているわけではないはずです。値段をつけて市場に差し出すのではなく、お金ではない形で受け渡し、覚え、扱っていくことができるなら、そこに別の経済の入口があるのかもしれません。
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